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zoom RSS 「横浜市いじめ防止基本方針」改定原案についての意見

<<   作成日時 : 2017/07/22 21:50   >>

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〜横浜市いじめ防止基本方針(改定原案)に対する意見をお寄せください〜

画像


http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/bunya/ijimehousinn-ikennbosyu/20170608131757.html
に意見を提出してみた。

※差し支えなければ、該当する項目をチェックしてください(複数チェック可)。
□ その他
□ 市内在住

まず、いじめ防止基本方針の内容にふれる前に述べておく。
原発いじめ問題でも、学校や教育委員会の対応は後手に回り、大きな批判を受けている。適切・迅速な予算執行は教育委員会の責務であり、その窓口は校長である。生活(生徒)指導の基本は、問題行動が起きてからの対応ではない。心身の健康と安全・安心な学校の体制づくり、いじめや暴力を容認しない雰囲気づくりにある。そのリーダーシップは校長自ら模範となり、教職員をまとめ、保護者や教育委員会との連携を図っていくことにある。
また、一昨年の小学校での防炎シャッター事故において、事故の責任を一部の教員の個人的責任に転嫁しようとしている姿勢など、
教育委員会や校長からの教員いじめの側面を呈している。(シャッター事故の根本原因は、不備な設備の放置であり、その責任は学校長と教育委員会が負うべきものである。ところが、書類送検されたのは副校長と担任で、担任は事故をきっかけに、今も休職中という。管理職や教育委員会からの適切な対応がされていない為、心身ともに衰弱している。詳細はこちら )
ことの本質をみずに、形式的な側面(学校長からの形式的な報告書や形式的な調査等)にばかり依拠する姿勢が、いじめ等を見逃し、助長することにつながっている。
学校現場では、
保護者の要求も高くなっているが、一部の意見に振り回されてはならない。
愛情に裏打ちされた教職員の意識とたゆまぬ努力を背景に、一人ひとりの意欲と能力を最大限に引き出す人事と、学校支援を行うのが教育委員会の責務である。

さて、
基本方針の内容についてであるが、
これらも、いかにも形式的文言によって構成されているとも思えるが、
(原発いじめを、当初いじめと認めなかったのは、学校長の報告の不備であり、認識の甘さだ。かつてのいじめ自殺0件問題にも通ずるが、
現在において、そのような詭弁や隠蔽がまかり通ると思っていること自体、横浜市の恥を全国にさらした格好といえる。)
字句をひらがなから、漢字にすればよいというものではない。

学校として 追加事項の
(6)教職員一人ひとりがつらい思いをしている児童生徒の気持ちに寄り添い、その思いをしっかりと受け止める力の向上を図る。
(7)学校と保護者は児童生徒の成長を支えるパートナーであるという基本認識に立ち、いじめの未然防止に向けた取組を、広く保護者や地域に発信し、連携・協力を図る。


については、その通りであるが、具体的にどうやって気持ちに寄り添い、思いを受け止めるかが大事だ。
例えば、放課後等に教員が児童・生徒と接する時間的な余裕を確保するとか、無駄な書類や報告書を精査(廃止)して、子どもと寄り添う時間や場面の確保を優先させるかということ。保護者や地域に発信するという理念は良いが、そのために前記のような本来教員の行うべき対応が制約されたり、過重業務・過労となってしまっては何にもならない。

子どもとして
(1)自己の夢を達成するため、何事にも精一杯取り組むとともに、他者に対しては思いやりの心を持ち、自らが主体的にいじめのない風土づくりに努める。
(2)周囲にいじめがあると思われるときは、当事者に声をかけることや、周囲の人に積極的に相談することなどに努める。


とあるが、特にいじめに直面している児童・生徒に対して、具体的にどうしたらよいか、誰に相談したらよいのか等を教示しなくてはいけない。
思いやりを持とうとか、誰かに相談するということが大切なのは、今でも子ども達は知っている。
それでも、いじめがなくならないのは、何故かという視点が抜けている。
子ども達の目線からすれば、具体的にいつ・誰に相談すればよいのか。思いやりが大事だとは分かっているけど、
わがままや皆で決めたことをまもらないような相手に、どう接したらいいかなど悩むところだろう。
相手のわがままをきいてやることは、思いやりなのか、それでも相手を非難したり忌避したなら、いじめになってしまうのだろうかと悩むことだろう。
自分のわがままと相手のわがままの狭間で、葛藤がある。
それでも、暴力(言葉や精神的暴力も)はいけないということを、具体的に示して、導いてやらなくてはならないのである。
3年B組金八先生のあるシーンで、こんな場面がある。
学活(ホームルーム)で、いじめについて考える場面でのロールプレイングのシーン。(先生はいじめっ子役)
生徒が落とした筆箱(かなにか)を拾い上げようとしたときに、それをわざと蹴飛ばして、「はやく、拾えよーー!!」と怒鳴るシーンだ。
普段やさしい先生が、突然理不尽な行為に出て、自分を怒鳴りつける。
そのとき、生徒は、これがささいなイタズラではなく、こんなにも驚き、悲しく切ない気持ちになるものかと、はっと気づくのである。

いじめの多くは、ささいなイタズラや嫉妬・からかいが発端だ。
その境目は、子どもには分からない。さすがに、やりすぎかなと思っても、まわりの目もあって後戻りできなくなってしまう。
いじめられる子どもにとっては、一部の主導者と多くの傍観者すべてが敵に見えてしまう。だからこそ、少なくとも担任(親・部活の顧問など)の自分だけは、どんなことがあっても君の味方であるということを、はっきりと、伝えて、信頼関係をつくっておく必要がある。
いじめる側の殆どが、罪の意識がない (軽い気持ち) 。だからこそ、それをきちんと教え、相手の立場に立って考えることの大切さを、もっと具体的に話してやり、追体験させてやるべきだろう。ひどいいじめをする子どもには、その子の家庭環境に原因があることが多い。いじめの行為のみでなく、
そうしてしまった子どもの内面(つらさ)にまで、切り込んでいかなくてはいじめの指導は出来ない。
原発いじめの恐喝でも、補償金(賠償金)がでてるんだろ!などといった文言は、どこかで大人達(マスメディアを含む)の会話を耳(目)にしたことがきっかけである。
どうして、そうした避難児童に対しての思いやりの心を、教室の子ども達に考えさせ、暖かく受け入れてやろうといった学級指導が出来なかったのだろう。どうして、恐喝は犯罪であり、絶対許されないことだということを話してやれなかったのだろう。(私はかつて、中学一年生による、小学生への喝上げ事件の生活指導に携わったことがある。彼らは、小学生に、10円貸してくれない?などと声をかけてお金をまきあげていた。子供じみた小額の恐喝であるが、その意味を彼らは理解していなかった。こうした些細な出来事を見逃さない、生活指導が重要なのである。もう一つこの点について言うと、彼らは同じように上の生徒から、恐喝されてきたのである。そうした負の連鎖をきちんと断ち切らなくてはいけない。彼らの意識は、自分たちがされてきたことに比べれば、自分たちのしていることはむしろ友好的だとさえ考えていたのだ。)どうして、担任教師をチームで支え、学級作りの基本をサポートしてやれなかったのだろう。どうして校長は、毎週朝礼で講話をするのに、子ども達の心に訴えかける話が出来なかったのだろう。
もしも、子どもが亡くなっていたら、すみませんでしたではすまないということを、どうして大人達は教えてやれなかったのだろう。
弱肉強食の世の中でも、人間だけは他の動物とはちがって、他をいたわり、支え合うことができる存在だということを、小さいときからきちんと話してやっているのだろうか。先生や親の声は、ちゃんと子どもの心に届いているのだろうか。

私は、子どもは、もっと素直だと思う。どんなにひねているように見える子どもでも、教師や親が真剣に語りかけることは、心に刻まれる。子ども達の素直な改心(反省)に驚かされることさえある。子どもの発達段階に応じた、適切な語りかけと共同体験は、子ども達の人格形成において非常に大切なことだ。発達段階に問題がある子どもには、それなりのしつけや教示と、まわりの子ども達への指導が大切だ。子どもには発達障害に対しての認識は未熟だ。特別支援教育の充実とそうした子どもを見守る健常者の子ども達をも含めた協力体制が、ここでいわれる風土(文言が少し古めかしいが)ということなのだろう。

周囲の人に積極的に相談することなどに努める
とは、
先生や親に、ちゃんと話す、一番信頼できる人(大人)に、まずは話をと、それが恥ずかしいことでもチクリ(密告)でもないということを、
子ども達に、ちゃんと分かるように、言葉とルールにして、示してやることがまずは必要だろう。
そのためには、
教師(親)は子ども達に信頼される存在でなくてはならない。とりわけ教師はプロであるという意識を持って、子ども達の教育に臨まねばならない。
ここでは、誰にどのように話すかを、子ども目線で、きちんと例示しておくべきだと思う。


第2章 いじめの防止等のために横浜市が実施する施策
市は、横浜市いじめ防止基本方針に基づき、いじめの防止等のための対策を総合的に策定し推進する。また、これらに必要な財政上の措置その他の必要な措置を講ずる。


ならば、早く防炎シャッターを新式にリニューアルすべきだ。(旧式シャッターに自動停止装置を追加するのではなく)
子どもの安全をはかり、豊かな環境を構築することは、
教育行政において、もっとも重要な施策である。
いじめ対策のマニュアルづくりや、冊子やパンフレットづくりも必要かもしれないが、
まずは、学校現場の危険な箇所(校舎・教具・遊具・その他の学校設備)を、再点検することが先決ではないか。
(私の近隣の小学校では、校舎と体育館の屋根の柱に有刺鉄線が巻いてある。バスケットのゴールは手で吊り上げる方式だ。)
子どもの安全は、待ったなしだということを、教育行政が第一に考えるべきことである。
あとから、
そんなことが起こるとは思わなかった……といっても後の祭りなのである。


〇 スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、弁護士など、専門家の積極的な活用を進め、各機関の専門職とチームアプローチを実施

当然のことであるが、スクールカウンセラーと教員との連携・協力体制がもっとも大切だ。
そのためには、優秀で子どもに寄り添うことの出来るスクールカウンセラーを配置すること。(財政措置も必要)
スクールカウンセラーと教員間で確執など、もってのほかである。(案外多い。多くは立場の違いによる誤解であるが。)
また、
部活動などが外部委託されていく中で、部活コーチ・顧問の人格も重要。(もちろん財政措置)
根本は、
教員の資質向上と有能な人材の登用であろう。

何よりも、いじめが起きてからではなくて、いじめを理解し防止の観点から、教職員一丸のもとに、学校を活性化させる必要がある。
そして、
子どもの心に届く(心に響く)、教育を実践していかなくてはならない。


学校給食1 はこちら
http://p-prince.at.webry.info/201405/article_2.html

決め方TV(テレビ朝日)「クラス替え」
http://p-prince.at.webry.info/201503/article_1.html
ジョブチューン学校の先生SP!(TBSテレビ)
http://p-prince.at.webry.info/201601/article_1.html
NHK(Eテレ)「いじめをノックアウト」
http://p-prince.at.webry.info/201609/article_1.html

 出演・原稿執筆・講演等のご依頼・お問い合わせは こちら までお願いします。
 部活動の問題 学校施設の安全管理 についても追加更新しているので良かったらご覧下さい。(2017.07.13 追記)

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