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zoom RSS ゼロ・トレランス方式 (生徒指導)

<<   作成日時 : 2010/04/15 14:31   >>

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 先日、『生徒指導提要』(新しい生活指導の手引き書)について書いた。

45年ぶり、生徒指導書を作成
http://p-prince.at.webry.info/201004/article_1.html

 そこで、いろいろ調べていくと、ゼロ・トレランス方式なる教育方法を見つけることが出来た。

ゼロ・トレランス方式
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E6%96%B9%E5%BC%8F

ゼロトレランス方式(ゼロトレランスほうしき、英語: zero-tolerance policing)とは、割れ窓理論に依拠して1990年代にアメリカで始まった教育方針の一つ。「zero」「tolerance(寛容)」の文字通り、不寛容を是とし細部まで罰則を定めそれに違反した場合は厳密に処分を行う方式。日本語では「不寛容」「無寛容」「非寛容」等と表現され、転じて「毅然たる対応方式」などと意訳される。

アメリカでは1970年代から学級崩壊が深刻化し、学校構内での銃の持込みや発砲事件、薬物汚染、飲酒、暴力、いじめ、性行為、学力低下や教師への反抗などの諸問題を生じた。その対策として取られた手法の一つが、ゼロ・トレランス方式である。

具体的には校内での行動に関する詳細な罰則を定めておき、これに違反した場合は速やかに例外なく罰を与えることで生徒自身の持つ責任を自覚させ、改善が見られない場合はオルタナティブスクール(問題児を集める教育施設)への転校や退学処分を科すというものである。

1980年代以降に共和党、民主党の区別無く歴代大統領が標語として打ち出し、1990年代に本格的に導入が始まる。1994年にアメリカ連邦議会が各州に同方式の法案化を義務付け1997年にビル・クリントンが全米に導入を呼びかけ一気に広まった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−(ウィキペディアより)

 不寛容というと、何か語感が悪い。管理教育との批判や自由な教育を阻害しかねないという懸念の声も聞こえてきそうだ。
 しかし、生徒指導(生活指導)について明確な規定を定め毅然とした態度でのぞむシステムは必要である。特に学級崩壊・校内暴力などに悩まされる日本の学校においては、こうした方法が効果を生むことは間違いない。
 システムというと語弊があるが、明確な規定やマニュアルのないままに、一貫性を欠いた指導・場当たり的指導により学校の荒れを招いた例はかずしれない。

 私がいたある中学校には、『生活指導マニュアル』という教員向けの生徒指導の内部規定がつくられていた。それは、かつて校内暴力に悩まされた学校の教員達が、独自でつくりあげた問題行動対応手引き書である。
 教員の共通理解が大事とはよく言われることであるが、現実には個々人の資質や能力・認識には差がある。すべての教員が同じような生活指導が出来るわけではない。だから、ある一定のルールや対応方法と指導の方策・体制を明文化し共有することには意味がある。(対応教員の役割分担もできる。)もちろんマニュアル通りにいかないこともあるが、同種の問題行動に対して対応がバラバラであったり、連絡が上手くいかずに対応が後手に回るといった失敗は、ある程度回避できるのである。
 このマニュアルを年度始めに全教員に配布し、内容確認と体制づくりの為きちんと職員会議の時間を確保していた。
 例えば、生徒が喫煙した場合といった具体例により、状況(校内なのか・校外なのかといったことから、過去の指導の回数や反省の状況など)により、どういう指導と処分をするかといったことが規定されている。中学校なのだから処分と言っても退学や停学などの懲戒処分はできない。
 最近になってようやく出席停止という処置がごく少数だが行われるようになってきたが、当時は東京都で過去一件も適用されたことがない(伝染病などによる出席停止を除く)という時代である。そうした状況に手をこまねいて具体的に行動に起こせない学校は荒れを温存することになる。
 しかるにこの学校では、なんと「自宅謹慎」という指導がマニュアル化されていた。実質的な出席停止処分である。もちろん法的強制力はない。保護者に理解を求めて自主的に登校を見合わせて反省を促すという指導である。
 厳密に言えば、学習権の侵害その他の人権問題にもなってくるような規定だが、校内秩序維持の為の苦肉の対応策である。(あくまで保護者にお願いするというかたちだ。)ただし、私が在職した期間中、この自宅謹慎になった例はほとんどなかったと思う。伝家の宝刀はそう簡単にはぬかない。また、そうした問題行動に至る前に、小さな問題行動の時点で細かな生活指導を積み重ねることが重要なのである。(いじめに対する指導なども同様である。)
 やがてこの学校は区内随一といわれる優良な学校に変貌する。私は区の学習院と言って宣伝した。はじめは保護者の中から笑いが漏れたが、やがて生徒や保護者の意識も高まり現実となっていった。
 それはマニュアルだけの力ではないが、生活指導に対する教員の共通理解・連携がうまくいったためである。もちろん教員だけではなく、地域や保護者との協力体制を日頃から培っておかなくてはならない。ある意味強硬なマニュアルなのだから、杓子定規に当てはめようとすると軋轢を生む。かといってマニュアルを守らないと指導体制は崩壊する。人間が相手なのだから、お互いの目的(子どもの健全育成)のために、腹を割った話し合いが必要なのだ。
 マニュアルは教員間の内規であるが、おかしなところがあれば、修正していけばよい。もちろん共通理解のもとにである。かんじんなことは、厳しく処分するのが目的ではなく、どうしたら皆が気持ちよく学校生活をおくれるよう学校としての機能を回復し秩序を保つかということである。

 学校は、信頼され健全な成長を促す場所でなくてはならない。その一つの方法に、ゼロ・トレランス方式はあるに過ぎない。目的は管理することではない。そうしたことを忘れてしまうと、規定の誤った適用・過剰な適用といった方向に進みかねない。
 アメリカでの話だが、学校に食事用にステーキナイフを持っていっただけで逮捕されたり、おもちゃの銃(しかも弾の発射もできないフィギュア用の小さな飾り)を持っていったり、銃の絵を描いただけで停学になったという笑えない現実もある。極端なことだからニュースにもなるのだろが、マニュアルに管理されてしまった結果、教育的でない結果を招いた悪い例だ。

 日本の教育は、「ゆとり」から方針転換されたばかり、まだこのゼロ・トレランス方式という名前も広く知られてはいない。だが、同様の方法で独自に取り組んできた学校は少なくないはずだ。そうした学校の猿まねではなく、理念をよく理解した上で実態に即して実施されなくてはならない。
 国をあげて、都道府県レベルで規定をつくることがいいかどうかは議論の分かれるところである。「総合的学習」の時間のように、理念どおりに実施されなかった結果、尻すぼまりに終わりかねない。
 ましてや生徒への懲戒処分等の適用に関しては人権問題・学習権に関する問題を含んでいるので、慎重にならなければいけない。
 かつての管理教育の問題点、
 校門圧死事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E9%AB%98%E5%A1%9A%E9%AB%98%E6%A0%A1%E6%A0%A1%E9%96%80%E5%9C%A7%E6%AD%BB%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 などのような悲劇を繰り返すことのないように。


 また、
日本に顕著な中学を中心とする義務教育の暴力性に注目し、できるだけ早い制度整備による暴力の低減を目指すという『規律指導の再構築』という論文もある。

大久保正廣『規律指導の再構築』櫂歌書房、2008。
HP:規律指導の再構築
http://www.geocities.jp/kohara29522/

↓追記
生徒指導提要について 文部科学省 平成22年4月2日
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/04/1294538.htm


決め方TV(テレビ朝日)「クラス替え」
http://p-prince.at.webry.info/201503/article_1.html
ジョブチューン学校の先生SP!(TBSテレビ)
http://p-prince.at.webry.info/201601/article_1.html
NHK(Eテレ)「いじめをノックアウト」
http://p-prince.at.webry.info/201609/article_1.html

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 部活動の問題 学校施設の安全管理 についても追加更新しているので良かったらご覧下さい。(2016.09.24追記)

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横浜市、対教師暴力が過去最悪
■注意されキレる…横浜市、対教師暴力が過去最悪 (読売新聞 - 10月20日 06:42) http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101019-OYT1T00262.htm ...続きを見る
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2010/11/04 12:37

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内 容 ニックネーム/日時
校門圧死事件から20年、生徒の両親が手記

 兵庫県立神戸高塚高校(神戸市西区)で1990年7月、登校した1年女子生徒(当時15歳)が、教諭の閉めた校門に挟まれ死亡した事件から6日で20年になり、生徒の両親が代理人の弁護士を通じて手記を公表した。

 両親は「今も変わらぬ供養を続けている。決して心が癒えることはありません」とつづっている。

 90年7月6日午前8時30分頃、遅刻しないよう校門に駆け込んだ生徒が、男性教諭が閉めた鉄製門扉とコンクリート製門柱に頭を挟まれて死亡。教諭は業務上過失致死罪で有罪判決が確定、懲戒免職になった。事件は「管理教育の行き過ぎ」として社会問題化した。

 手記で両親は「毎年、この季節が近づくと、あの日のいろんな場面や雰囲気が突如甦(よみがえ)り、例えようのない気持ちに包まれることが多い」と心情を吐露。「何度か転居をした今も、娘の机の引き出しの中やお気に入りだった赤いラジカセはあの日のままにしている」とし、最後に「限りなき未来ある命を一瞬にして失う悲しい事件が繰り返されることがないよう切に願っています」と訴えている。

          ◇

 同校の校門前ではこの日朝、市民グループ主催の追悼式があり、当時の在校生ら約30人が花壇に花を手向け、手を合わせた。当時2年生だった主婦鈴木陽子さん(36)(神戸市垂水区)は「学校は子どもが死ぬ場所であってはいけない」と話した。

(2010年7月6日12時23分 読売新聞)
priere
2010/07/06 16:42

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